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掲載日:2020.11.02

創立記念式典

10月31日(土)の1時間目に創立記念式典が行われました。

創立者の磯江潤先生は、明治30年に「天下の英才を得て之を教育す」という建学の精神のもと、京華尋常中学校を創立され、その12年後の明治42年に女子教育の重要性を掲げて本校の前身である京華高等女学校を設立しました。

今年の式辞では、その苦難の歴史についてお話しました。

<式辞一部抜粋>

大正12年9月1日に起こった関東大震災で男子校と商業学校の校舎を全焼しながらも、9月下旬には、男子校は近くにあった東京物理学校(現在の東京理科大学)の校舎を借りて、商業学校は火災を免れた女子校の校舎で、授業をスタートしました。そして、仮校舎を経て、翌年には白山の現在の地に新校舎を完成させました。一度は消えてしまった学校が、不屈の精神で蘇った状況は、まさに磯江先生が「ネバーダイの精神」を身をもって示したものだと思います。(写真は当時の新校舎)

その8年後の昭和6年12月24日の深夜、女子校校舎1階から出火し、大火事になり女子校校舎は半分が燃えてしまいました。翌朝、半分黒焦げになった女子校校舎の前で、もう3学期はスタートできない…と嘆く人もいましたが、磯江先生をはじめとする先生たち、生徒、保護者が冬休み中に集まって、焼け跡の片づけをし、授業に必要なものをみんなで持ち寄って、年明けの1月9日から焼け残った校舎を使って、授業を再開しました。教室数は半分になったので、昼と夜で生徒の入替えを行う分散登校での再開です。(写真は、創立時の高等女学校の木造校舎)

そして、その1年後の1月に完成したのが、いま皆さんが過ごしている現在の校舎です。鉄筋コンクリート4階建て、外壁には人工の石を張り付けた洋風の美しいデザイン、中は石の階段、壁の厚さは40センチ、まさに地震にも火事にも負けない強さと美しさを併せ持った新校舎として蘇りました。今から87年前のことです。(写真は当時の新校舎)

このように、二度にわたる大きな困難を、創立者は「ネバーダイの精神」を身をもって示しながら乗り越えて来ました。

その後、戦争で残っていた木造部分は焼失しましたが、この本館は今もなお残っています。皆さんは、この数々の苦難を乗り越えてきた京華学園のこの校舎で、いま、学んでいます。

皆さんには、ぜひ、この京華学園の伝統に誇りを持ち、どんな厳しい状況になっても決して諦めない「ネバーダイの精神」を受けついでほしいと思います。

(以下省略)